本コバブログ:本を読み、バイクに乗るということ。

上画像は僕のTwitterのヘッダーに登録している画像です。
ちなみに僕が描いた絵。今見るとまだまだ拙い粗が目立ちますね。
本屋開業前に本とバイクの関係性を表す素敵な一場面を想像して描きました。
奥の花は紫陽花でして、僕をこの美術&デザインの道に導いてくれた花。
縁ある僕が最も好きな花です。

今回はそんなバイクと本の話。


読書は自分の中身との対話。性格は静的。
バイクは外界と自分との対話。性格は動的。
性格は真逆だけれど、自分との対話という点では共通。
そんなことを本屋開業のあれこれの最中に考えていました。

読書によって妄想し、想像し、創造し、自らの好奇心を蓄積していく。
それをバイクによって実体験に変換。最高のマリアージュではないだろうか。
もちろんバイク以外でも良いのだけれど、バイクを通してできる体験は
他のそれよりも数倍も感動が大きいと思うし、自身の唯一無二の体験。
僕の言葉で言えば、バイクは“感覚増幅装置”だと表現します。

車や徒歩、電車、自転車など、いろんな移動手段があるけれど、
正直、バイクほど心躍り、色彩が豊かなものはない。
その理由に、バイクとそれ以外の違いとして、「速度域」に対して
「身体性」が必要であり「窓ガラスや屋根で覆われていない」からだと思う。
これを見方によっては危険や不便と見る日本人が圧倒的に多い。
そこを気にしている時点で野暮かなぁとも思うし、日本人は神経質過ぎる。
つくづく日本って国は、安全を重視し、失敗を恐れ、効率を求め、
決まったレール上でしか走ることを許さない保守的な国民性だなぁと感じてしまう。
そういう考え方が現代社会を生きにくくしている大きな原因ではないだろうか。
自分で自分の首を締めているのに気づかずに
「生きづらいなぁ、窮屈だなぁ」と言っているようなもの。
そりゃあなた疲れまっせ。

そもそもの前提として、バイクは危険とか不便とかヤンチャとか、
そんな乗り物ありきではなく、まず情緒的な乗り物だというのが僕の見解。
季節感や喜怒哀楽、五感+一感を全てダイレクトに感じながら走る。
これほどプリミティブな体験は現代でそうできるものではない。
バイクは不便だから豊かなんだと思う。が故に日本の中で存在するには相性悪。

現代の日本は何かと便利や効率、目的、費用対効果、売れる、現状維持等、、、
実につまらない成果ばかりを求める流れ。
そこには感性を使ったもの、個人の想いだったり、
失敗を許すような不確定な要素を受け入れる器は持ち合わせていない。
その中ではますます「何のために生きているのか」がわからなくなるのも必然で、
とても健全とは言い難く、それこそ人が人らしく生きられないと思う。
世の中は命令に忠実で物事の処理能力の優秀な人型マシーンを求めているらしい。
それが現代で言う日本のエリート像。だとしたら、じゃあロボットでよくね?
感情なんていらなくて、ただのスペック競争にしかなっていないのだから。

バイクや読書には、そんなロボット人間から人らしさを取り戻す意味がある行為。
不便、非効率、無駄、回り道、手間、アナログ、時間かかる、無秩序、操作が多、
疲れる、危険、刺激的、自分だけ感、有り難み、情緒的、美しいと感じる心などなど、
現代と相反する価値観ばかり。でもそのどれもが人らしさを形成する要素なのだと気づかされる。
バイクや読書にはこれらがことごとく詰まっていると思う。
冒頭に書いた、両者の性格は真逆だけど共通点が多いのはこういう”人らしいところ”。
そこに未来を豊かに生き抜く活路があると僕は見い出したわけです。

世の中がこんなんだから、ますます人は自分で考える力が低下していると思う。
自分で考える考えないというのは“自身の美意識や感性を使って物事を判断すること”。
これは人間だけに許された特権であり、まるで不確定要素。
つまり何が便利で売れて効果的かを判断するのではなくて、
何が美しくて不便だけど魅力的なのかの視点で判断するということ。
前者であれば正解不正解があってロボットでも判断可。だけど正否を測れないのが現代。
後者であれば不確定要素が多く、やらないとわからない状態。人によって判断が左右される。
この後者によるモノづくりの自由さと豊かさと挑戦心が日本には足りない。

後者の判断ができる人が、今の日本には少な過ぎるのが問題だと思っています。
だから日本のモノづくりのレベルが低下しているのは必然であり、
実際、中国や新興国のモノづくりの勢いに完全に押されてますね。
勝ち負けではないのですが、改めてこれからの時代に合った
日本らしいモノづくりを今一度考える必要があると常々思う。
便利で役に立って大量生産できて壊れなくて安くて儲かる、、、
その代わり意味がなくて不恰好。これではこの先、通行止が見える。
高度成長期のままのモノづくりではもう世界で戦えないし、日本が不利な時代。

少し話が脱線してしまいましたが、

「なにがしたいのか、なんのために働いているのか」なんて考える時間も余地もなく、
直近の効率&成果重視思考に囚われて「お金を稼ぐため、生活のため、命令で仕方なく」と
思考停止してただ社会に使われていることに気づくとゾッとしませんか?

僕はそれに気づいて、感情を失いつつあった会社員時代に終止符を打ち、
自分らしいクリエイションができる仕事として「本屋」という“場所の創造”を選択。
挑戦に後悔はないけれど、確かに全然儲からないし、生活は切り詰めてます。休みもない。
それでもやりがいしか感じてませんで、日々の所作や営業の反復に美しさが宿るとも信じてます。


「本と、珈琲と、ときどきバイク。」というお店を開くことで、

本屋を通して自分が人らしさを取り戻す作業でもあり、
お客さんにも心の豊かさを取り戻してほしい創造の場としたいのです。
そしてそれには本とバイクが最適だと考えました。

皆さん何かと不健全な疲れ方をされていますから、
本とバイクでもって自分と向き合うそのお手伝いをして差し上げたい。
大きなお世話かもしれませんが、これが自らに課した使命。

一方で最低限生活できてなきゃ生きていけないのは事実で、
経済面は限りなく厳しい状況です。
かといって安定収入の会社員時代に戻りたいとは1ミリも思いませんし、
現状をどう良くしていくかを考えるほうが前向きです。

このように、
バイクや本にはこれからの時代を豊かに生き抜く道標が隠されていると思う。
人が人らしく豊かで優しい人間になりたい。

だから僕は本を読み、バイクに乗るのだ。


頭の中ごちゃごちゃととりとめもないことを書いてしまいました。
途中支離滅裂かと思いますが、何かが伝わればいいなと。
まずブログを書いてみるところからはじめてみました。

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